【雑感】 価格転嫁と賃金 (日本経済新聞記事)

  • 一部の企業でベースアップおよびインフレ手当等の賃上げを決めている。
  • 一方、日本では物価上昇分の価格転嫁が十分にできていない(特に下請け企業)。
  • 長期的な視点に立ち、適正な価格転嫁による経営環境の改善と賃上げによる経済(家計・企業収益)の好循環ができることを望む。

 

春闘に先立ち、賃上げニュースを目にする機会が増えてきた。

賃上げ機運が高まり、三井住友銀行(新卒初任給を5万円引き上げ)やファーストリテーリング(年収最大40%アップ)をはじめ大企業の賃上げが目立つ。

 

一方、原材料やエネルギー価格の上昇で経営が厳しく、

賃上げどころではない中小企業も多いという。

 

物価上昇によるコスト増を転嫁できる企業とできない企業で差ができているようだ。

 

2月8日の日経新聞記事(以下、参照)でも企業の価格転嫁の遅れと中小企業の苦境が指摘されていた。

 

「米欧はコスト増の大半を販売価格に反映しているのに、

 日本は5割しか転嫁できていない。」、

「資源高のしわ寄せは立場の弱い中小企業に集まりやすい。」

とのことだ。

 

日米を比較すると、価格転嫁のスピードの差がよくわかる。

米国は、生産者物価指数と消費者物価指数の開きがほぼなくなっているのに対し、

日本の場合、物価指数間の開きはむしろ拡大している。

 

※参考: https://www.bls.gov/news.release/ppi.nr0.htm (PPI
               https://www.bls.gov/news.release/cpi.nr0.htm    (CPI)

 

※参考:https://www.boj.or.jp/statistics/pi/cgpi_release/cgpi2212.pdf (企業物価指数)
              https://www.stat.go.jp/data/cpi/sokuhou/tsuki/pdf/zenkoku.pdf (消費者物価指数) 

 

日本は長期デフレのもと、消費者は価格据え置きを当然とし、

売上減を懸念し、企業が価格をなかなか上げられない。

 

更に、最終消費者に近い小売店や大手メーカーが価格を据え置く場合、

その下請け企業にしわ寄せが行きがちだ。

 

最初に働いた会社(メーカー)では、コスト削減を標榜し、

トヨタかんばん方式(※)を取り入れ、

極力無駄な在庫(原材料)を持たないようにしていた。

 

その実、下請けに在庫を持たせ、「必要な時」に、必要な量だけ納品させる。

 

在庫を持つコストを下請けに負担させていた。

かんばん方式:ジャストインタイム(「必要な物を、必要な時に、必要な量だけ」供給することで効率的な生産活動を目指すシステム)を実現するための仕組み

 

立場の弱い中小企業に価格転嫁できないコストを負担させては、

社会全体の賃金上昇は起こりえない。

 

賃金が上がれば(上がり続ける見通しがあれば)、消費活動は拡大する。

長期的に見れば、物価が上がっても、賃金が上がれば家計への影響もプラスになる。

 

適正な価格転嫁が進み、下請け企業も正当に儲けられる環境になってほしい。

 

 

【参考:日本経済新聞

価格転嫁、日本5割どまり 原料高など中小にしわ寄せ 賃上げ好循環の壁に 政府、後ろ向き企業公表

2023/02/08  日本経済新聞 朝刊  3ページ  1694文字

 

企業の賃上げ原資の確保に欠かせない価格転嫁が遅れている。米欧はコスト増の大半を販売価格に反映しているのに、日本は5割しか転嫁できていない。資源高のしわ寄せは立場の弱い中小企業に集まりやすい。構造的な賃上げによる経済の好循環の実現に向け、経済産業省は7日、価格交渉や転嫁に後ろ向きな企業名の公表に踏み切った。デフレで染み付いた商習慣を転換できるかが試される。

 人件費や原材料費の上昇がどれだけ消費者物価へ転嫁されたかを三菱総合研究所の森重彰浩主任研究員が国・地域別で調べたところ、日本は2022年10~12月期は48%だった。22年秋までは3割程度で推移し、その後、食品値上げなどで上昇した。

 10~12月期の米国の転嫁率は134%に達し、ユーロ圏も87%だった。森重氏は「米国は過去の未転嫁分まで転嫁している可能性がある」と指摘する。

 日本の価格転嫁の遅れのしわ寄せは中小企業に集中する。昨年12月の日銀短観によると、仕入れ価格が「上昇」と答えた企業の割合から「下落」の割合を引いた仕入れ価格判断指数(DI)は大企業のプラス60に対し中小企業は67だった。原材料コストの上昇を中小がより強く感じている。

 一方、販売価格のDIは大企業は35、中小企業は31だった。仕入れ値は上がっていても、中小ほど売値の引き上げは難しいと考えている。

 連合の調査によると22年春闘の賃上げ率は全体で2.07%だった。中小企業は1.96%にとどまる。交渉力の弱い中小企業は大企業から厳しいコスト要求を突きつけられやすい。特に資源価格の上昇局面では経営を圧迫し、人件費カットにつながる場合もある。

 ファーストリテイリングやイオンなど大企業を中心に賃上げの表明が相次ぐ。従業員総数の68.8%を占める中小企業に賃上げの動きが波及しなければ、構造的な賃上げとはいいがたい。

 1月の施政方針演説で岸田文雄首相は生産性向上とともに「下請け取引の適正化、価格転嫁の促進」の取り組みを強化すると表明した。賃上げの原資を確保できる環境づくりが必要との問題意識が背景にある。

 経産省は7日、下請け振興法に基づき、価格転嫁・交渉に後ろ向きな企業の実名を初公表した。22年9~11月、15万の中小企業を対象に実施したアンケート調査で10社以上から取引先として名前が挙がった約150社が対象だ。

 価格交渉で話し合いに応じた場合を10点、協議に応じなかったらマイナス7点、協議の余地なく一方的に取引価格を下げた場合はマイナス10点などと点数化した。価格転嫁はコスト上昇分を完全に転嫁できたら10点、9割なら9点といった基準で調べた。最高の「ア」から最低の「エ」の4段階で評価した。

 価格交渉では不二越が、価格転嫁では日本郵便が最低評価となった。不二越は「結果を真摯に受け止めている。今後、取引先とのコミュニケーションを一層強化したい」とコメントした。日本郵便を傘下に持つ日本郵政増田寛也社長は7日の定例記者会見で取引実態を調査するよう指示したと明らかにした。

 価格交渉と転嫁のいずれも下から2番目の評価だった企業も佐川急便や関西電力三井住友建設など16社あった。

 佐川急便は22年12月に公正取引委員会からも価格転嫁の協議をしなかったとして社名公表されている。同社は経産省の公表について「真摯に受け止めている。コスト上昇分の取引価格への反映について意見交換を始めている」とコメントした。4月からは宅配便の値上げに踏み切る。

 日本は物価も賃金も上がらない構造的なデフレが続いた。安くて質の高いモノやサービスを消費者が享受できた半面、中小企業が人件費を切り詰めるなどしてコスト増を吸収し、取引先に価格転嫁を求めにくい商慣習が根付いた。

 適正な価格転嫁による物価上昇は中長期的にみれば家計にはむしろ恩恵が大きい。企業が賃上げの原資を確保できれば、働く人の稼ぎが増え、活発になった消費が企業の収益を押し上げる好循環ができる。デフレ経済を脱却し、物価と賃金がともに上がる「普通の経済」に転換できるかどうかの瀬戸際にある。